マタイ受難曲

僕がはじめてマタイ受難曲を聴いたのは、父親の持っていたLPで...未だに実家に鎮座していますが...誰の演奏で、いつ頃の録音かもわかりません。随分と古い録音だったのように思います。黴臭い箱を開けると、そこには重たいLPがごっそり入っていて、そのはじめと、終わりの面だけを、良く聴いていました。何語で歌ってて、どんな意味なのか全く知らずに、心に響くフレーズを聴いていただけです。
その次はというと、合唱部の活動に明け暮れていた高校生の時に、小澤征爾指揮と言うだけで、どこのオケ、どこの合唱団だかも知らずに、東京文化会館まで「マタイ受難曲全曲演奏会」を聴きにいったのが、僕が耳にした二つ目の演奏です。高校生の少ないお小遣いの中から、上野までの交通費と、チケット代を何とか捻出して行ってきたのです。天井桟敷に有る学生席は周囲にさほど人がおらず、けっこう快適でしたが、小澤征爾の姿が全く見えないどころか、オケも右側の3分の1程度しか見えていませんでした。自分の席から乗り出して、稀に白熱して大きく背伸びしながら小澤征爾が振り上げた指揮棒の先が、手すりの縁からチョコっと見えるのを生きがいのように楽しみに見ていたことを、思い出します。まぁ音楽は聴こえているので、あの頃の僕にはそれで充分だったわけですが...
このときも、何語で歌っていたのか判りませんし、その意味合いも知りませんでした。マタイによる福音書の一説である、と言う言葉だけは知っていましたが、その福音書が聖書の一部であることすら、知らない状態でした。やっぱり、僕には最初と最後の楽章だけが、とても印象的かつ非バッハ的に頭に響きわたって、最終章が始まったときは、何物にも変えがたい感動を覚えたように感じました。

その後、音楽を忘れようとした時代を過ぎ、既に結婚を間近に控える歳頃に、また音楽を聞き始めたのですが、その頃は、ロック、ジャズが主流で、クラシックはグールドをかじる程度...マタイ受難曲までは届かずじまいでした。結婚後はカミさんがあまり暗くて重い曲を好まなかったのもあって、マタイ受難曲を思い出す事も有りませんでした。



自分ではじめて買ったマタイ受難曲のCDは、バーンスタイン指揮のもので...子育てから少し手が離れはじめた頃で、子供たちも音楽になんとなく興味を持ち始めた頃です。

St Matthew's Passion

St Matthew's Passion

今のオーディオセットをそろえ始めた頃とも同じで、新しく設置したアンプとスピーカーで(CDプレイヤーは年代物...)聴きました。ですが、高校生の頃と同じく、大した知識も無く買ったので、「これドイツ語じゃないジャン」...と言うか、原典はドイツ語だったんだぁ〜...と気が付いたのは、買ってからしばらく経ってからの事です。時間的にもおそらく抜粋版... たしか学生オケだったのではなかったかと、記憶しています。ですが、この演奏は音楽的にとてもすばらしい物で、どの曲も全ての場面において完璧に集中して聴き入る事ができる物でした。歳取って、僕の感性が変わって理解できるようになった、と言うわけでは無いと思います...バーンスタインの指揮、オケの集中力など、その全てがこの録音に怨念のごとく込められた物だったから、だと思っています。唯一の難点は、聴き入る所々で英語の歌詞が字余りだったり、字足らずだったりする点だけでしょうか。やはりドイツ語で書かれた音楽に、英語の歌詞と言うのは、無理があるようです。

その後、やっぱりドイツ語のものが欲しいと思って数年前に買ったのは、リヒター版です。とりあえず定番物、と言う買い方をしたので、いつの録音で、オケがどことか、合唱団やソロパートが誰なんか知りもしません。まぁ、その辺はどのCD買っても、僕はあまり興味が無い、と言えばそれまでですが...そのとりあえず定番物というのが最大の間違いだったのかも知れません。

バッハ:マタイ受難曲 ハイライツ

バッハ:マタイ受難曲 ハイライツ

(スミマセン、良い例が無かったので、ハイライト版のアフェリエイト画像です)
この演奏はあまりに音楽的な完成度が高く、僕には理解できない部分が多いのと、それに対して突っ込みを入れるほどの隙も無い完成度に、感動を覚える暇も与えてくれない音楽だなぁ、と言う感想しか思い浮かびませんでした。これは、リヒターの世界であって、僕が言及するのはおろか、感動を求めるような範疇では無い、と言う感じなのです。ので、数回聴いて、そのままCDラックに入ったままですし、何曲か拾い聴きしているiPodの再生回数レートも2〜4程度のままです。

さて最新のCDは、これまで書いた通り僕の経験上は...古いLP、東京文化での小澤征爾の演奏、バーンスタインのCD、リヒターのCDに続いて...5つめの演奏と言う事になります。
このアーノンクールと言う指揮者を知ったのは、NHK教育TVで毎週やっているN響アワーが最初です。その番組では、アーノンクールが打ち出した、音楽の時代背景に沿った当時の演奏を目指す、のような事のようで、ノンビブラート奏法を弦楽器に強いる物だったように記憶しています。たまたま見たその日のN響アワーの終了直後、引き続き数時間に渡ってアーノンクールモーツアルト交響曲3曲を連続放送する、と言うのであわててパソコン立ち上げて録画しました。それを後日DVDに焼いてパソコンで見たのですが、そこに作り出されていたモーツアルト交響曲は、世に良く流れているような、軽いリズミカルな調子のものではなく、重たく心の奥底に響き渡るような重厚な物で、圧倒されてしまいました。もしかすると、このアーノンクールの作り出す古楽は、僕にあっているかも? と思ったのですが、その後はその録画DVDを父親に譲ってしまい、しばらくその存在を忘れていました。
その記憶を掘り起こすことになったのは、子供たちの通う学校が毎年主催しているメサイア公演がきっかけです。昨年(2007年)、そのメサイアに初めて(不信心でスミマセン..)参加(学校の宗教行事なので、参加と言う表現があっている)したのです。聴きながら良く思い出してみると、ハレルヤを始め、いくつかの合唱曲、独唱曲を高校の合唱部時代に、このメサイアから好んで練習したことを思い出しつつ...メサイアの歌詞は英語なので...歌詞の内容に思わず涙してしまいました。
その数日後のことです、先日の感動を胸に、メサイアのCDを子供たちのためにも買わねば、と思いたってCDショップに向かったのです。そこに、運良くアーノンクール指揮の新譜CDがなぜかバーゲンセールに出ていて、思わず購入しました。ようやくアーノンクールとの再会出来た、と思いました。

ヘンデル:メサイア(全曲)

ヘンデル:メサイア(全曲)

予想通り、このメサイアのCDは、すばらしい演奏で、メサイア公演で聴いたのとは、また異なる感動を幾つも教えてくれましたした。このCDは、iPodの常駐プレイリストで、よく聴いています。
それに気をよくして、今度はマタイ受難曲アーノンクールメサイアと同じ構成(オケ、合唱)で買いなおそうと、決意していたのですがなかなか見つからなかったのです。先日、友人と梅田のCDショップに行ってようやく発見...しかも同じ録音、プレスでありながら、廉価なパッケージ(流通国が違う...)を発見したのです。関西に行ってまで、と思われるかも知れませんが、この手のCDは見つけた時に買わないと、次に出会うまでに何年もかかる事があるので、迷わず購入したということです。

バッハ:マタイ受難曲

バッハ:マタイ受難曲

(僕の買ったパッケージはデザインが異なりますが、中身は同じ物と思います。)
Bach: St Matthew Passion

Bach: St Matthew Passion

(こっちですね…ゴルゴダの丘?)

その演奏は、バーンスタインのようにゆったりとしたリズム感の中に怨念を込めた(僕はこれが好き...(^^♪)ような演奏ではありませんが、瞬間の響きや細かなフーガ的に折り重なったフレーズなど、その一つ一つに集中して磨きをかけたような演奏です。
ので、「ちょいと早くない?」、「余韻はそこまでかよ!」と言う突っ込みを心に抱きつつも、それぞれの響き、フレーズの美しさに思考が支配されてしまう感じで...かなりハマりました。特に好きな、導入曲と最終曲は、テンポも速くかなり軽く流される感じですが、よく聴くとその詳細は深く考えられた深遠さを感じる演奏で、これも有りかも、と言う思いに重なって、感動がこみ上げます。
長い演奏なので、全てを聴くのは疲れますが、別のことをしながら聴き流しつつも所々のフレーズに思わず感動する、と言う味わい方も出来る演奏で、とても気に入っています。
僕のプアな知識と、音感では正確な事は分かりませんが、所々で音律の違いを感じます。パイプオルガンと一緒の演奏(どこだったかの大聖堂)なので、おそらく基本律はヴェルクマイスターあたりだと思いますが、弦楽器のソロの場面では、和音の響きに心地よさを感じつつも、飛び出た主旋に平均律とは異なる音の隔たりを感じるので、古典律を多用している物と思います。解説テキストもあるのですが、ドイツ語なので今一つわかりません。

ちなみに、この3枚組みのCDの3枚目は、ハイブリッドCDになっていて、演奏に使用した原典フルスコアファクシミリ画像が、演奏(CD本体とは別のQuickTime音源)と同期して譜めくりされるマクロメディアムービーが入っています。MacClassic環境専用アプリなので、僕の環境ではWindowsでしか再生できないのが残念ですが...MacClassic環境を復活させようかと思ってしまいます。